ほっとサロンのほっとじゃないわけ

投稿日: カテゴリー: 感情的なもの欄

むかし

もっともっと心がやんでいたころ

たえられなくて

行政のある機関に電話した

名前はよく思い出せないが

たしか

「こころのでんわ」

 

とかそういう感じだっと思う

よくトイレとかにDV禁止の

シールが貼られてあるかとおもう

それと似た感じで

こころの電話があった

どうにもならなくてつらくて苦しい時に

ここに電話するといいですよという

行政がやっているこころの電話相談室だった

 

その人はぜんぜん心に触れないことを

よくもわるくもなく

お役所的に

あしらい

最後にもう一度電話をかけたいと思った私が

名前をきくと

「きまりでおしえられないことになっている」

という

また同じ人に電話できないことをいうと

言葉をにごす

 

それからもう二度と電話しなかった

 

あしらい方がお役所的でぜんぜん心にうったえてこなかった

 

まったく心の緊急電話でもなんでもなかった

私でなかったら人一人死んでいるところだ

 

ほっとサロンは湯沢の行政がやっているところである

説明によると

このスタッフは傾聴ボランティアスタッフがやっている

私はこのホットサロンに入ろうとは思わないが

傾聴ボランティア講習会なるものに参加した時がある

自身の心の問題を抱えた経験からそういう人の話をききたい

 

あるいはもっと向上心のようなものから受けた気がするが

その傾聴セミナーはみんなこころに病を抱えた人がボランティアみたい

まったく傾聴になってないしただ疲弊するセミナーが4回も続いた

もうたくさんだった

このような人たちがスタッフで命のこころの緊急相談を行っているのである

それでは助かる命もたすかるまい

私はその後ボランティアと名のつくものを信じていない

また行政がやるこころのなんとかも信じていない

 

本当にこころの水や栄養や太陽は

いい音楽といい絵画やいい本

素敵な人、美しいいつもの景色を

見ることだから

自分がもう生まれながらにして幸せであると

認識するその心根なのだから

 

つらいときは気付かないのだ

自身の幸せにそれをきづかせてほしかった

 

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