理想的な朝

投稿日: カテゴリー: 感情的なもの欄

若いころ

自分に迷っているときなんか

人に誘われてセミナーと呼ばれるものに参加したときがある

そこで

こんなことを講師がいっていた

具体的に自分の理想的な朝を鮮明に描けるように

ということだった

その講師は

自分の彼女はこんな美しくって

その彼女がベッドの横でいて

こんな目覚めかたをして

朝食はこんな内容で

そのなんというか恋人との歯の浮くような

朝を永遠と話す

聞いている人たちはその講師のファンだから

調子にのったその講師にあわせて

「フー」とかはやしたてている

若いころでセミナーってこんなものなんだなとしか

思わずに

進められるまま自分も他の人も理想的な朝を書かされていた

まあ講師がこんなだから

セミナーをうけた300人くらいは皆

どんな恋人がベッドの横にいて

どのくらい、いい恋人かを一様にいうのだけど

いま

どっちかというと冷静にまともな頭で考えると

その講師の彼女なる若い彼女もセミナーに来てて

その彼女に聞かせていたのだろうし

まあ公開告白、公開ラブレターっていうかんじだし

もしその人のファンでもなくどうでもいい人には

けっこうセクハラ、パワハラにあたるかもしれない

まあこれはおおげさだけど

だまってうんうんと真剣に聞いていた私も私だし

そのグループの中で必死についていこうとしていた私も私である

沢山のお金もそこにかけていた

そのときは流されていたのでつきあいでついていっていた

またそうしなきゃいけない空気がつくられていて

次のステージもっと高いセミナーへの階段を上がっていく仕組みだった

私は数々のセミナーに走らなかったが(そんな高額のお金ひっぱりだせないし)

そういうのがたぶんセミナージプシーなんだろうなって今ならわかる

まあそこでお金の話がでて今この場でならこのお金でセミナーを受けれるが

日にちがたってしまうと通常価格になるし

とかといろいろなセミナーを熱く語ったあとそうしないとあなたは

よくならないかんじに言われてしまうと

信じやすい人や、野心ある人、自分をもっていない人

心に過去に闇がある人なんかは

すぐ後ろのバックヤードに走りサインするはめになる

そういう商法を指摘されないよう

そのお金の部分は別のスタッフがいって

講師はそのスタッフをジャパネットたかたみたいでしたねとかいって

客の反応がおかしくならないよう煙にまいていたが

しかし

やっていることはジャパネットたかたより

スマートだがけっこう醜い

今だから言えるが

なんであのとき

親にまで迷惑をかけて

あんなセミナーのために

わざわざ遠路はるばる田舎もんが都会までいって

なおかつその合宿費用(三泊四日だった)

まで払ったんだろうか

その講師はセミナーの中でことさら

ここにきている視聴者は今からトイレに行くときも

洗面所の水しぶきをふきとり

ピカピカにしてでてくる

あたかも飛行機のファーストクラスにいる人々のように

というもんだから

おそうじのおばさんにことさらニッコリ笑顔して

声をかけあいピカピカにして出ていく

セミナーにきたその数およそ300人、それが4日間続く

なんというか尋常じゃないのでけっこう気持ち悪い

いつもそういうことをしていて

それが習慣にしている人の集まりならわかる

しかしみんな実はファーストクラスに座りたいエコノミ―クラスの

人たちがセミナーにきているから

なんだか気持ち悪い

一連のセミナーは今から思えば

セミナーという名の宗教団体っぽい

その講師をせめているのでも

その会社をせめているのでも

そのセミナーに払った自分のお金を取り戻したいのでもないが

正直

(まあそのお金が戻ってくるならうれしいけどさ)

過去の自分がどんだけ人に流されていて

見栄と虚飾に満ちていて

人のいいなりに社会のいいなりに右ならえしていたかがわかった

そこで自分の夢をそこでいおうが(私の場合作家だが)わかる

そんなところへ行っている人は多分作家にはなれないということもわかる

会社をやめて、セミナーも辞めて、それを誘ってくる友達とも疎遠になり

何もないどかどか雪が毎日降っている田舎で

スピッツを聞きながらパソコンにむかってもくもく

書いている私の方がなんだか近づいている気がするし

これが理想の朝なんでないかなと思えてくる

それだけの関係でつながっていて

それがなくなったからなくなるつながりや関係は

所詮そんなもんなんである

別に必要なかったなということが

やっとわかった今の正直な感想でそれがわかるための経験だったのかもしれない

理想の朝を教えてくれた人から一番とおいところが

案外理想の朝になっているのは皮肉なものである

なんでも自然体が一番である

自分以外にはなれない

キャビア、フォワグラ、トリュフを好きになれって言われようが

たらこご飯でいいやと思えた自分が

なんだか誇らしい

私にとってはたらこがキャビアなんだから

だってうまいですよね

人の好み、趣向、人格はひとそれぞれである

ついでにいうと蓼食う虫も好き好きである

今日は遠距離結婚している旦那が

私のいる実家に帰ってきてくれる日である

たらこが好きな

まあ自分が無理をしない相手と結婚し

年々結婚して本当に良かったとその思いは深くなる

そんな人と一緒にいられて

たらこご飯をたべて日常を普通におくれる日々

が愛おしく

ずっとずっと変わらず続けばそれが

自分の理想といえば理想であるなあと感じる朝であるのである

 

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