秋田県:栗駒山荘

投稿日: カテゴリー: 温泉の欄

山々に雪がちらほらみえる

いまは6月も終わりごろだというのに

まだ栗駒の夏は冷え冷えである

岩手の一関インターを降りると

山に雪が見えた

あれがこれから

山越えする目指す山 栗駒山であった

あらま ガソリンがないことに気付く

途中 郵便局の人へ

ガソリンスタンドの場所を聞くと

一関インターあたりまで戻らないとない

あるいは途中の猊鼻渓のちっこいちっこい農協で

ガソリンがリッター130円くらいでいれられるという

 

まあ、戻りますか

こんなで山越えはできない

 

田舎のひとのゆっくりに怒ってはダメである

それが普通なのだから

田舎の人のあとちょっとを真に受けてはだめである

ちょっとなわけないえんやこらである

田舎の人の穏やかさに焦っていらいらするほうが

大人げなくなり

いつしか

恥ずかしくなるだけだから

そうやって

 

そうやって

 

彼らは一つ一つ

慈しんでいきているのだから

 

あせっていらいらして雑に生きている

自分たちのほうがあわせなくてはならない

 

それは

 

慈しんでいる心にあわせるということ

 

山越えの前にトイレ休憩に入る

 

草原がきれいなところへ寝ころんだ

 

草いきれの夏のうっとする草のにおいが

そこはかとなく薫った

 

夏がくるな 寒い 東北地方にも

 

寝ころびながらそうかんじた

 

おらなば いがったな ここまで いぎてきて

こごまで 辛抱して いぎてきて いがったな

いがった いがった

 

芝生に頭をおいて寝ころんで青空と草のにおいをかぎ

眼前に広がる厳美渓の岩肌をみながら

 

いきていてよかったことの喜びがじんわりとわく

 

これが旅のだいご味である

普段 そうおもわないことを思える

 

それが 旅 なのかもしれない

 

くねくねくねくね

ゆっくり軽トラのあとを

ゆっくり 愛車の スカイ君に

 

負担をかけながら がんばれがんばれと

いってなだめすかして

えっちらおっちら山越えである

いつのまにか

この世

ここはこの世

あの世

 

みたいな異界の 空気が たちこめるころ

須川温泉につく

 

硫黄のにおいがしてくると

 

やっと栗駒山荘に着く

ここは サービスの質はよくないが

温泉をとりまく

自然美空間美木漏れ日が

すごい温泉

露天からの眺望は

天空の温泉そのもの

湯上りに寝ころんで

大事なところを日に当てている人もいる

そういうふうな一連をみていると

人間の衣食住の本能は太古の昔からなんにもかわっちゃいない

のに

情報ばかり積んで積んで あふれてあふれて

 

やれ個人情報、やれ サイバーテロ やれ ○○圧力

 

ほんとは人間 洞窟で壁画をかくころからかわっちゃいない

それなのに

 

それなのに

 

だから疲れちゃうんだ あふれる音や 交通  悲鳴

 

そんな慣れない 得体のしれない 壁画を描く人間に関係ない

 

ことばかりで 当たり前に 疲れる

 

だからだから 古代の人間みたいになろう

 

天空の温泉 栗駒山荘は 古代の人間の心に還れるところ

 

それがプレミアムな温泉というものである

 

お金で買えない価値や思考を

とろとろの白い乳色の温泉につかって考える

 

思考は誰にも奪えない

 

ここは個人情報がお風呂にはいっていて守れるところである

 

なぜなら人は個人の情報は 自分のこころのおむねに

とどめておくことを

乳色の温泉につかり

雪がまだ残る緑の山をみおろし

とろとろのあったかい泉質に入り

あたたかい

あたたかい

自分の  心   を  とりもどすのだ

そうして

 

わたしにもあなたにもそのひとにも

 

 

挑戦という 人生を  与えるのかもしれない

 

 

 

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